いのちは合体・変形!を感じる体験を。大阪・関西万博パビリオン「いのちめぐる冒険」を通して問いかけていくこと。

―対談―
アニメーション監督 2025年大阪・関西万博 テーマ事業プロデューサー 河森 正治
タジマ工業株式会社 代表取締役社長 兒島 成俊

 

2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務めるアニメーション監督の河森正治さんと、タジマグループ代表・兒島成俊の対談が実現しました。
大阪・関西万博で河森さんがプロデュースするのは、パビリオン「いのちめぐる冒険」。
そこで使用されるアテンダント・ユニフォーム(SDGsアドバイザーであるCLASS EARTH株式会社がディレクション)のワッペンを、タジマグループが制作しました。パビリオンに込めた思いや表現に対するこだわりなど、多様なテーマで展開された対談をご覧ください。
シグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」Webサイトはこちら


河森 正治さん
アニメーション監督 メカニックデザイナー ビジョンクリエーター
2025年大阪・関西万博 テーマ事業プロデューサー
代表作は『マクロス』シリーズ、『アクエリオン』シリーズ(原作、監督、メインメカ)、『機動戦士ガンダム0083スターダストメモリー』(メカスタイリング)、宮沢賢治の半自伝的アニメーション『イーハトーヴ幻想 KENJIの春』(原作、監督)、『攻殻機動隊』、ソニー“AIBO”『ERS-220』、日産デュアリス『パワード・スーツ デュアリス』、『新世紀GPXサイバーフォーミュラ 』、『アーマードコア』、『デモンエクスマキナ』(メカデザイン)、ソニー・スマートウォッチwenaオリジナルモデル盤面デザインなど。

「いのちの輝き」を表現するパビリオンを

――大阪・関西万博のパビリオン「いのちめぐる冒険」について、お話を聞かせてください。

河森

大阪・関西万博全体のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」ですが、私がまず考えたのは、このテーマで言われている「いのち」が、誰のいのちなのかということです。いろいろ調べたり話をしていったりする中で、やはり「人間のいのち」がイメージされることが多いと分かってきました。そこで自分はちょっと視点を変えて、あらゆるいのち、あらゆる生き物のいのちが輝いている社会が実現できたらいいのではないかと考えました。

また、「いのち輝く未来社会」というと、今はまだ輝いていなくて「未来を輝かそう」と言っているようにも感じます。でも実際は、今すでにいろんないのちがつながって連鎖反応を起こし、地球上のたくさんのいのちが一緒に生きている。そのこと自体が奇跡的にすさまじいことなのだけど、その実感を持って生きている人がそれほど多くないのかなと思ったんです。そのすさまじさを実感し、「いのちの輝きってこんなにすごいんだ」「今もこんなに輝いているんだ」と実感した上で考えると、人間も生き物も環境も全部が連続体で、いのちが連鎖していることが分かります。そうしたさまを表現できるパビリオンにしたいと考えました。

それを表現するためにいろんな手段を考えたのですが、頭に訴えるだけでは現実的な行動変容には結びつきません。誰もが知識として知っているようなことを、どうしたら本当に実感できるようになるかを考え、行き着いた一つの答えが(「いのちめぐる冒険」のメインコンテンツである)「超時空シアター」でした。
超時空シアターでは、30人が同じ部屋に入って円形に座り、カメラスルーの映像を見てお互いを感じながら冒険に出ます。その冒険をみんなで一緒に体験しているかと思えば、突然VRの空間になって、普通では体験できないような世界――からだの中のミクロの世界だったり宇宙の世界だったり、いろんな空間と時間を行き来しながら、いのちの営みのすさまじさを体験していきます。

私は、いのちは「合体」と「変形」の連鎖だと思っています。たとえば私たちが魚を食べた時、魚が自分の中で分解されて変形する。変形された後、吸収されて変容して自分の一部になる。そこから分離して、今度は大地と合体していく。そういう無限の連鎖。合体と変形と変容と分離。その複雑な連鎖のネットワークが、同時進行で大量に起きているわけです。そういう、頭だけで追いかけられないくらいものすごいことが起きていることを、超時空シアターで体験してほしいと考えています。

兒島

素晴らしいですね。
今、この瞬間にも私たちが無意識に取り込んでいる「いのちの連鎖」を感覚として体験できるというのは、本当に貴重な体験です。

河森

さらに言えば、魚を食べるということは、その魚が生きていた海を食べるということでもあります。
また、海水の一部は雲から落ちてきている。そう考えると、雲を食べるということでもあり、雲を呼吸することでもあり、植物を呼吸することでもある。本質的なエレメントがただ変形するだけ、原子の組み合わせが形やパターンを変えていくだけで、あらゆる構造ができている。そのダイナミズム自体がすごく興味深いし、魅力的だと思っています。

兒島

とても面白いお話ですね。
私も仏教の輪廻とかそういう話に興味があり、いのちについても興味があります。

千年前までさかのぼると、ご先祖様は30億人いるとも聞きました。
30億人のうち一人でも欠けていたら自分はいない。そのいのちの尊さや、いのちを紡いでいく大事さを感じています。さらに、その30億人の人を支えてくださった方が何十億人もいると考えると、もっと多くの生命に支えられています。

河森

本当におっしゃる通りですね。人間だけでそれだけの数の人がいるわけですから、その向こうに生き物がどれだけいるかを考えると、数え切れないほどです。微生物まで入れたら銀河の星のような雰囲気になります。

今のようなお話を聞いて思うのですが、よく現代人は「孤独だ」と言います。でも、いのちの連鎖の中で生きていることを考えると、本当は孤独という表現はあり得ない。もし孤独を感じているとしたら、その人はいのちの連鎖を感じていないんだろうなと思うんです。経営者でも孤独という人がいますが、それは孤独感ではなく孤立感だと思います。

兒島

おっしゃる通りです。私は孤独感を感じたことはないのですが、ただ「経営者は孤高の存在である」と尊敬する経営者からも学び、その必要性を感じています。それゆえ、一人で経営について考えることが大事だと思っています。

河森

素晴らしいですね。孤高の時というのは、たとえば兒島さんなら兒島さんの個性が最大限に発揮されている時、他とは必ず違いがあります。そういう時が孤高であり、「高い」とか「低い」という価値とは違うものだと思います。

 

個性が活かされている時こそ輝ける

河森

「いのちの輝き」をどう定義できるかと考えた時、ひとつはいのちの連鎖を感じている時に輝きを感じやすいのではないか。もうひとつは、生き物それぞれの個性が最大限に発揮されている時に輝いているんじゃないか、と考えています。
あらゆる生き物がそうで、空を飛ぶのに特化した生き物だったら、飛んでいる時に個性が発揮される。さらに言えば獲物を狙う能力が高かったり、観察能力が高かったり、同じ動物の中でも微妙な違いがある。そういうものが組み合わさって本当の個性が見えてくると思っています。

兒島

すごいですね。私はそこまで壮大な話ではありませんが、会社を変革するためにいろんなことに取り組んできた中で、人にはそれぞれ個性や強みがあると感じています。意見に違いがあっても、それは「違い」であって、どれも間違いではない。その個性や強みを発揮して活躍することが、本人にとっても会社にとってもいいことだと思っているんです。個性が活かされている時に輝くということですね。

河森

本当にそう思います。
個性が活かされていない状態というのは不満も出ます。よく専門学校などのキャッチフレーズで「好きを仕事に」とか「夢を実現」という表現があります。でも、たとえば絵を描くことが好きでもプロになることが難しい人もいます。そういう人に対して「好きを仕事に」と言っても残酷な話かもしれません。
じゃあ自分は今までどうやってきたんだろうと考えたら、どうやら自分の得意なやり方でやってきたんだと気づいたんですね。「好き」というのはあくまで自分が中心で、自分が好きだからやる。そうではなくて「得意」をベースにすると、一番得意な人に任せた方が効率がいいので、チームにとっても有利です。得意なことは自分もやりやすいし、他者への貢献にもなる。だから「得意」を先に置いて、それが「好き」と重なったらラッキーくらいに考えておくと、個性が出しやすいと思います。

 

 

――河森監督はどのようにご自身のオリジナリティを追求されていますか?

河森

ものをつくる時に、類似のジャンルから影響を受けてつくる人と、類似ジャンルをできるだけ見ないでつくる人がいます。自分の場合は、他のものを参考にはするけど、自分が体験したことを出発点にしない限り自分にとってのオリジナリティを感じられないタイプです。
もちろん、人によっては歴史的事実をふまえて新しいものをつくる人もいるし、それによってすごくオリジナリティのあるものをつくる人もいます。どこから入力を得て、0をどう1にしていくかというのは、人それぞれだと思いますね。良い悪いではなく、向き不向きがある。

兒島さんは「過去の蓄積から」の方がやりやすいですか?

兒島

そうですね。私の場合はまだもしかしたら「守破離」の「守」からなのかもしれませんが、過去の経営や他でうまくいっていることを見て、自分の経営をどうするべきかを考えることが多いですね。経営も芸術も似たところがあるのかと思っていたのですが、過去の物事に対する理解とか、本質に対する自分なりの仮説があって、新たに生まれるものが良いものになると考えています。
ただ、中には芸術作品など別のものから本質をつかんで、新しいものに活かされるという方もいらっしゃいますよね。

河森

自分はどっちかというとそちらですね。
「遠いもの」からの方がやりやすいということが、最近明確になってきました。遠ければ遠いほど刺激が大きいところがあります。

 

 

――河森監督がタジマグループと関わることになった経緯についても教えてください。

河森

最初のきっかけは、(「いのちめぐる冒険」のSDGsアドバイザーである)CLASS EARTHの代表、高岸遥さんから紹介を受けたことです。CLASS EARTHのパーティーで初めてタジマの皆さんとお会いして、それ以来タジマさんの刺繍について興味を持っていました。

実際にタジマさんの技術を間近で見たら、当初想像していた以上の面白さでした。
印象に残ったのは、糸が切れずに連続していく時の感覚です。糸がずっと繋がって、しかも変化していく感じに強い印象を受けました。刺繍という技術がデザインとして使われていることを実感しました。
自分は「デザイン」という言葉を慎重に使っています。
変形機構そのものが「デザイン」、見えている形は「スタイリング」というふうに、分けて表現しているんです。自分は工学だけではなくてアニメーションやエンタメもやっているので、機構のファンクションのデザインとスタイリングの感性がクロスするところがものすごく好きなんです。両方をかけ算するところがすごく好きで。
見せていただいた刺繍の技術そのものがデザインの根幹をなしていて、その根幹がいろんなことにアレンジされている。それを見てすごく刺激を受けました。糸に色を染めながら刺繍をしたり、穴開けを同時にやったりする。そうやって同時進行で別のことが行われていくのを見て、生き物に近い感じがしたんですね。多くの機械は単一機能に特化したものだけど、生き物はいろんなことを同時進行で行う特性があります。その同時進行が多用され、ひとつの基本技術が多方面に応用されているのを見てすごく参考になりました。

兒島

ありがとうございます。
刺繍技術が、生き物のように多機能でダイナミックに応用されていると感じていただけたことは大変光栄です。
私たちも、この技術が持つ可能性を最大限に活かし、新たな表現の場へ広げていきたいと考えています。

 

刺繍の本質は、人の心を豊かにすること

兒島

刺繍というものは紀元前からあります。紀元前から宗教的な儀式などに欠かせないもので、特別な服や装飾にも使われてきました。刺繍は人の心を豊かにすることに貢献するものであり、特別なものだったんです。それが今、工業化が進む中で少しありふれたものになってきていることが、我々が直面している課題です。

河森

兒島さんは紀元前から語られるんですね(笑)。
なるほど、素敵だと思います。刺繍が生まれた頃は祈りを込めて刺繍されていたということですね。それが今にも伝わっていると。

兒島

そうですね。刺繍には思いが宿ると思います。私は、人の心を豊かにすることが刺繍の本質だと思うんです。その特別感が薄れつつある中で、刺繍がいかに素敵なものであるかを改めて世の中にアピールしていきたいと思っています。
そのためのサービスとして刺繍のパーソナライゼーションというものをやっていますし、刺繍を使って芸術作品を作るために「&T(アンドティー)」というブランドも立ち上げ、現代日本画家の大竹寛子さんとのコラボもしています。

河森

なるほど。
刺繍について面白いと思うのは、印刷が平面なのに対して刺繍は立体になるじゃないですか。立体になることによって何かの力が宿るということがありますよね。平面から次元がひとつ増えるので、次元が増えた時の質感が、すごく豊かな表情になることを改めて思いました。

兒島

ありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。また、アパレル業界全体の大きな課題である環境負荷の低減に向けては、AI刺繍機による生産性向上やDXの推進、糸を染めながら縫う技術の活用など、さまざまなことに取り組んでいます。

河森

刺繍でパーソナライズを行うことによって、特別性を持たせて長く大事に使ってもらうという発想は、すごく有効だと思います。大量生産・大量廃棄に代わるものを模索する時に、製品のクオリティを上げて満足感を高めることとパーソナライズが、深く関係するんじゃないかと思うんです。

話が戻るのですが、「人間中心」から「いのち中心」にシフトすると、そもそも大量消費をしなくなる。基本的にそれを選ばなくなると思っています。自然な形で、「自分にとって貴重なもの、必要最小限のものを大切に使おう」ということになると思うんですね。その意識変容を何とかして推進したいと考えているところです。
知識として分かるだけではなく、「どうやって行動に結びつけるか」が問われる。そこで重要なのは、立脚点を変えることです。いのちの流れの中に自分がいると感じられたら、それは自分のアクションに対する自覚になるし、自分がやっていること全部がアクションなのだと自覚することになる。「行動する」というより、「行動していることに気づく」というイメージです。その気づきがないと、行動変容は起きないと思うんです。

兒島

なるほど。すごいですね。
宇宙の中で生きているという体験をすることで、自分の何げない行動がすべてつながっていると感じられるのですね。

河森

そうです。通常、貴重な資源を無駄に捨てるようなことをしても、それが生態系の中の連鎖を断ち切ることにつながると自覚しにくい。でも、実際にその生態系の営みの中に体感的に飛び込むと、あまりにも面白く、ワクワクできる体験ができます。このワクワク感に対して自分たちがつくっているものは足りているのか、というのはすごい問いかけなんですね。自分が今まで体験してきたワクワクに匹敵するものが表現できているかが問われている。世界中のいろんな展示などを見に行っても、残念ながら(そのワクワクに匹敵する表現が)どこにもないんですよね。だから自分たちが作るしかないと思ったのです。

兒島

人間の心理に対する深い洞察があり、それをベースにデザインされている点が素晴らしいです。ご自身の知識や哲学が一貫してパビリオンに込められていることが伝わり、とても興味深いお話を伺えました。貴重なお時間をありがとうございました。